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札幌高等裁判所 昭和26年(ネ)308号 判決 1958年9月09日

控訴人 中林節

被控訴人 角谷長作

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴却下の判決を求める、却下の理由がないならば控訴棄却の判決を求める、」と述べた。

被控訴代理人は、本案前の抗弁として、「被控訴人は昭和二六年一二月一七日本件控訴提起当時は未成年者(昭和八年一月三〇日生)であつて、訴外鎌治こと神田謙治が後見人、訴外亡中林タセが後見監督人であつたので、本件控訴は神田謙治によつて提起せられるべきところ、タセがこれを提起した。すなわち、適法の控訴提起がなかつたに外ならず、控訴期間の満了によつて原判決は既に確定している。本件建物等売買は、控訴人の祖母である亡タセが未成年の控訴人を抱え自分ら両人の生活に活路を求めて神田謙治にこれが売却方を依頼したのによるもので、なんら控訴人の利益を害するものではなかつたのであり、従つて後見人神田謙治が控訴人の法定代理人として原審訴訟を追行するに当り、被控訴人主張の本件売買を自白したことは、なんら控訴人の利益に相反するところはない。この点に関する控訴人の主張事実は否認する。」と述べ、

請求の原因として、「別紙目録記載の建物および備付物件、附属造作物一切はもと控訴人の所有に属していたところ、控訴人の祖母亡中林タセは昭和二一年一〇月二八日被控訴人との間に、代金を二万七千円、支払方法を内金五千円即時支払、残額は所有権移転登記と同時支払と定めて売買契約を締結し、五千円を受領した。その後昭和二一年一二月一五日訴外神田謙治が控訴人の後見人に就職し、昭和二二年二月九日控訴人の法定代理人として被控訴人との間にあらためて同一内容の売買契約を締結し、旧契約の既払金五千円を新契約の代金支払に充当した上、同月一〇日残代金全額を受領して所有権移転登記手続を完了した。しかるに控訴人は、右売買による被控訴人の所有権取得を否認し、自己の所有権を主張するに至つたので、ここに売買目的物件につき被控訴人の所有権確認を求める。」と述べ、控訴人主張の仮定抗弁に対し、「本件建物売買につき親族会の同意がなかつたことは認めるが、親族会員の追認を得た。すなわち、昭和二二年四月一七日訴外高橋末吉、同平八の追認を、同月一九日訴外沢西ひさの追認を得ている。控訴人が昭和二三年二月二日被控訴人に対し、本件建物売買につき親族会の同意のない不動産処分行為として取消の意思表示をしたことは認めるが、当時控訴人は幼少のため意思無能力であつて右取消は無効である。」と述べ、なお、「親族会員らの追認は各自の真意に反する」との控訴人主張事実を否認した。

控訴代理人は、本案前の抗弁に対する答弁として、「控訴人の後見人神田謙治は、第一審において控訴人の法定代理人として本件訴訟を追行したが、そもそも本件売買は後記のとおり後見人と被後見人との利益相反行為であつたので、本件売買の効力を維持しようとした後見人神田は第一審において被控訴人と慣れ合つて本件売買事実を自白した。すなわち、本件売買契約には、昭和二二年四月三〇日限り本件建物を明け渡す旨の条項が存在していて、売買後も永住しようとする控訴人および祖母亡タセの意思に反し、従つて本件売買は控訴人にとつて不利益であるに対し、後見人神田は本件売買契約成立により売買代金の一部を控訴人より借用し、また謝礼として被控訴人から米一斗を受領し、控訴人の利益を犠牲にして私利を図つたのである。よつて、第一審における自白並びに本件控訴の提起、追行は、後見人と被後見人との利益相反行為に該当するが故に、昭和二三年三月二〇日控訴人の後見監督人に就職した亡タセにおいて本件控訴を提起、追行したのであつて、亡タセの本件控訴提起は民法第八五一条第四号により適法である。仮りに、本件控訴の提起、遂行が、後見人と被後見人との利益相反行為に該当せず、亡タセにそのための法定代理権がないとしても、控訴人は当審における昭和三〇年三月四日の口頭弁論期日において亡タセのなした本件控訴提起、追行を追認した。」と述べ、

請求原因に対する答弁並びに抗弁として、控訴人は原審において被控訴人の主張事実を全部認めていたが、当審における昭和二九年一〇月四日の口頭弁論期日において原審における自白を、後見人と被後見人との利益相反行為であるにかかわらず後見監督人を選任することなく後見人によつてなされたが故に無効である、仮りにそうでないとしてもこれを取り消す旨陳述し、「本件建物および備付物件、附属造作物一切が控訴人の所有に属していたこと、亡中林タセが控訴人の祖母であつて昭和二三年三月二〇日、当時未成年であつた控訴人の後見監督人に就職したこと、訴外神田謙治が昭和二一年一二月一五日同じく控訴人の後見人に就職したこと、訴外高橋末吉、同平八、沢西ひさの三名が控訴人の親族会員であつたこと、はいずれも認めるが、その余の請求原因事実はすべて否認する。仮りに、控訴人と被控訴人との間に被控訴人主張の経過によりその主張のとおりの売買契約が成立したとしても、右売買については親族会の同意がないので、控訴人は昭和二三年二月二日被控訴人に対して取消の意思表示をした。よつて、右売買の効力は消滅し、売買目的物件の所有権は控訴人に復帰した。」と述べ、被控訴人の再抗弁に対し、「親族会員の追認のあつたこと並びに控訴人が取消の意思表示をした当時は意思能力がなかつたことは、いずれも否認する。当時控訴人は既に一五才に達し意思能力があつたものである。なお仮りに、親族会員の追認があつたとしても、右追認は親族会員の真意に反するものであつて無効である。」と述べた。

立証として、被控訴代理人は、甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第二二号証、第二三ないし第二六号証の各一、二、第二七号証を提出し、原審における証人水崎庄助、吉田栄作、水野勝三の各証言、控訴人法定代理人神田謙治、被控訴本人尋問の結果(第一、二回)、当審における証人国府外喜男、神田謙治(鎌治こと)の各証言、被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第一号証、第一一ないし第二一号証の成立を認め、乙第二号証第三ないし第七号証の各一の中郵便官署作成部分の成立を認め其余の部分は不知、第三ないし第七号証の各二第八号証ないし第一〇号証の成立は不知、と述べた。

控訴代理人は、乙第一、第二号証、第三ないし第七号証の各一、二、第八ないし第二一号証を提出し、原審における証人坂井登(第一、二回)の証言、第一審被告中林タセ本人尋問の結果、当審における証人高橋平八、沢西ひさ、芳賀栄造、坂井登の各証言、控訴本人尋問の結果を援用し、甲第五、第七号証の各二、第八ないし第二二号証、第二六号証の一、二、第二七号証の成立を認め、第二号証の一、二、第二三ないし第二五号証の各一、二の中各関係官署作成部分の成立を認め其余の部分の成立は不知、第一号証第三号証の一ないし三、第四号証第五号証の一、第六号証第七号証の一の成立はいずれも不知、と述べた。

理由

先ず本案前の抗弁について判断する。

本件記録によれば、控訴人は昭和八年一月三〇日生であつて原審繋属中(昭和二二年一一月二九日被控訴人が原告として訴提起、昭和二六年一一月一九日判決言渡)は未成年のため後見人鎌治こと神田謙治が法定代理人として訴訟を追行したのであるが、同後見人は原告主張の請求原因事実を全部認めなんら抗争せずして敗訴したので、昭和二三年三月二〇日後見監督人に就職した亡中林タセ(控訴人の祖母であり扶養義務者で原審における共同被告でもあつた。)が控訴人の法定代理人として昭和二六年一二月一七日本件控訴を提起したことが明かである。被控訴人は、本訴請求原因たる本件建物等売買が前記後見人神田謙治によつて被後見人控訴人を代理して行われたが右売買は控訴人の利益を害せず、後見人と被後見人と両者の利益相反の事実はなかつたのであるから、原審において後見人神田が右売買について自白したことも被後見人控訴人の利益を害するところはなく、従つて本件控訴を提起するとしても、後見人、被後見人の利益相反するいわれはないのであつて、本件控訴は後見人神田が法定代理人として提起すべきであるのに、後見監督人亡中林タセが提起したのは不適法である、と主張する。なるほど、仮りに、本件売買が真実存在し、しかも未成年者たる控訴人の利益を害せず、かつ後見人神田との間に利益相反することがなかつたとすれば、原審における後見人神田の自白は、被後見人控訴人の実体法上の権利ないし利益を害するところはない。およそ弁論主義は真実発見のための手段である。何人も、弁論主義の名の下に虚偽の陳述をする権利を有しない。控訴人の法定代理人として自ら本件売買契約締結に当つた後見人神田が訴訟上これを自白したことは、本件売買が真実存在した限り、まことに正当な行為といわねばならない。況んや売買が控訴人の利益に反するところがないときは、徒らに抗争することを避け速かに訴訟を終結することは、むしろ後見人としての義務でもある。かかる場合における自白は、これをもつて、後見人と被後見人との利益相反行為とすることはできない。しかしながら、仮りに第一審における自白がそうであつても、未成年者であつて売買に関与しなかつた控訴人にしてみれば、果して本件売買が真実存在したものかどうか、存在するとしても自己の利益に反するところがないかどうかは知らず、何らかの事情の介在により控訴人自身又は後見監督人亡中林タセにおいて後見人神田に対し不信の念を生じた場合において、後見人神田が第一審訴訟において売買の事実を自白して敗訴したまま控訴して争う意思がないか又はたとえ控訴しても原審に於けると同一の態度のほか期待できない事情にあるに拘らず、控訴をするかしないかの決定並びに控訴した場合の訴訟追行の態容の決定が、すべて後見人神田の権限に存しその一存によつて決するとすれば、控訴人が本来享有する控訴権はその正当な行使を圧伏され、売買が真実存在したかどうか、仮りに存在したとしても自己の利益に反しないかどうかに疑念をもちながら、不信任の後見人の為すがままに敗訴の確定を甘受する外ない結果となる。本件記録によれば、本件は正にこのような場合に該当するものと認められるのである。このように考えて来ると、後見人神田としては、敗訴しても控訴しないことが仮りに正当な行為であつても、被後見人控訴人としては不利益であり、従つて本件控訴の提起並びに追行は、両者の利益相反行為ということができる。果してそうであるならば、民法第八五一条第四号に則り、本件控訴の提起、追行は後見監督人たる亡中林タセの職務権限といわねばならない。されば、右タセによつて控訴期間内に提起された本件控訴は適法であつて、被控訴人主張の抗弁は理由がない。

次に進んで本案に入り、先ず、原審において後見人が法定代理人としてなした自白が後見人と被後見人との利益相反行為として無効であるかどうか、さらに有効であるとして、それが当審において取り消されたことにつき、その取消が適法かどうかを判断する。すなわち、取消の適否については、原審における法定代理人(後見人神田)が本件売買契約が有効に成立したものと信じたことが錯誤に基いており、真実本件売買契約は有効に成立していないのであるならば、原審におけるその自白もまた真実に反し且つ錯誤に基くものとして、当審におけるその取消は適法有効である。

原審(第一回)および当審における被控訴本人尋問の各結果と当審における証人神田謙治の証言とによつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、関係官署作成部分については成立に争なく、その余の部分については原審(第一回)および当審における被控訴本人尋問の各結果と当審における証人神田謙治の証言とによつてその成立の認められる甲第二号証の一、二、当審における被控訴本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第三号証の一ないし三、第四号証、成立に争のない第八、第一一、第一二、第一六、第一七、第一九、第二一号各証、郵便官署の作成部分については成立に争なく、その余の部分については、当審証人神田謙治の証言によつて成立の認められる甲第二三、第二四号証の各一、二、成立に争のない乙第一七、第二一号証、原審証人坂井登(第一回。後記措信しない部分を除く。)、吉田栄作、水野勝三の各証言、原審における法定代理人神田鎌治(謙治)および被控訴人(第一、二回)の各本人尋問の結果、当審における証人坂井登(後記措信しない部分を除く)、神田謙治の各証言および被控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。

別紙目録記載の建物並びに備付物件、附属造作物一切はもと控訴人の祖父亡中林二三郎が所有して履物卸商を営んでいたが、二三郎は昭和二一年一月八日死亡し、当時十三才に満たない孫の控訴人(昭和八年一月三〇日生)が家督相続によつてその所有権を取得した。遺族は二三郎の妻で既に老年の中林タセと控訴人の両名だけであつて居住地の岩見沢市はもとより北海道内にも親類縁者がおらず、二三郎の葬式にも駈け付ける者もなかつたので、嘗つて二三郎の店舗に奉公し独立後岩見沢市内で茶商を営むようになつてからも始終を出入して世話を焼いていた訴外神田謙治が葬式万端の世話をし、店舗も一応そのままに営業を継続することとしたのであるが、タセの力ではもはやとうてい店舗を維持することができず、一時凌ぎに建物の一部を訴外坂井登、吉田栄作、その他二、三名の者に分割賃貸して同居させ、その賃料をもつて生活の資に充て細々と暮らしていた。しかし建物の維持さえ困難であり、そのままに経過することはタセにとつて極めて心細いことであつた。二三郎の葬式の済んだ後に内地新潟県から訪れたタセの実弟高橋末吉もタセと控訴人の処置に窮し、神田謙治にその世話方を懇請する外はなく、タセも本件建物を売却して一そのこと郷里新潟県下に帰りたいとの希望を洩らした。このような状態のため、タセは右神田に対して本件建物を売却し、控訴人と二人で小じんまりと暮らしたいとの希望を示し、その売却方を委任した。右委任を受けた神田は、はじめ訴外佐々木喜春なる者に売買交渉をし売買代金三万円でまとまりかけたところ、同人はタセや控訴人のみならず前記坂井、吉田等同居人の退去を条件としたため、これを知つた坂井と吉田は、自分ら両名において共同して買い取りたいと考えて、吉田の義兄である被控訴人を介してその旨神田に申し入れ、神田もタセの意向をも汲み、佐々木との交渉を破談にして坂井と吉田と話し合うことになつた。しかるに坂井、吉田の両名は、代金二万円を固執した。神田にしてみれば、もともとタセと控訴人のためを思つてできる限り有利な売却条件を念願していたのであるし、佐々木との交渉で三万円という代金額がまとまりかけたのを破談にした関係もあつて、三万円を譲ろうとしなかつたため、売買契約は成立しなかつた。しかしこの結果に対し神田はもとより被控訴人も不満足であつて、殊に被控訴人は坂井、吉田の依頼を受けて自ら交渉に当つた立場上からも手を引けず、ここに神田と被控訴人との間に交渉が継続するうち、被控訴人は自己のためおよび吉田のために本件建物を自ら買い取る意思を生じ、一方神田も本件建物並びに備付物件、附属造作物一切を、売買代金二万七千円ということでこれに応じ、昭和二一年一〇月二八日売買契約書を作成した。もつとも、当時神田は未だ控訴人の後見人に就職前であつて、家督相続をした控訴人を売主とすべきことに深く思いを致さず、簡単に考えてタセを売主としてその代理人として契約した。そして即時内金五千円を受領してこれをタセに交付し、残代金は所有権移転登記と同時に支払を受ける旨約定した。しかるに、登記をしようとすると、本件建物が控訴人の所有に属し、売買には後見人の選任を要することを知つたので、神田は昭和二一年一一月頃、前記高橋末吉らの了解を求めた上、同年一二月一五日後見人に選任せられた。そこで昭和二二年二月九日、神田は控訴人の法定代理権に基き被控訴人との間に、あらためて売主を控訴人とし買主を被控訴人とする売買契約を締結し、売買代金は既に受領した五千円はそのまま内金支払に充当し、翌日(二月一〇日)残代金二万二千円を受領してタセに交付し、所有権移転登記を完了した。右登記に当り親族会の同意を必要とすることを知つた神田は、タセと相談したところ、タセは親族会員において本件建物売買につき異存なかるべきこと、早く売買代金を貰いたいこと等の意見を述べたので、かねて高橋末吉も神田を信任しタセおよび控訴人の世話を任せる旨を表明していたことでもあり、神田は適宜親族会の同意書を偽造して登記を完了したのである。(親族会の同意なくして売買契約を締結し且つ登記したことは、当事者間に争がない。)また、本件売買契約には昭和二二年四月三〇日限り本件建物を明け渡すべき旨の条項が存在していたのであるが、神田としては、かかる条項はおよそ建物を売り渡す以上は当然のことでもあるし、事実上は被控訴人に懇談すれば、タセおよび控訴人を一室に居住することを被控訴人に承諾させることができる、万一の場合は自己の責任においてその居住先きの世話をしようと、内心期するところがあつたので、敢えてこの条項に応じたのである。しかるに、登記完了後、この条項の存在を知つた同居人坂井は、自己が立退を要求されることに不安を感じて、この条項の存在につきタセを刺戟したため、タセは神田の心事を誤解するに至り、坂井も神田および被控訴人に対し頗る戦斗的となるに至つたのである。

原審における証人坂井登(第一回)の証言、控訴人法定代理人神田謙治および被告中林タセの各本人尋問の結果、当審における証人坂井登の証言中、以上の認定に反する供述部分は、措信しない。成立に争のない甲第一八号証、乙第一五、第一六号証も右認定を左右するに足らず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

よつて進んで、後見人神田の本件売買に対する親族会の追認(事後の同意)の有無について判断する。

原審における控訴人法定代理人神田謙治の供述と当審における証人神田謙治、国府外喜男の各証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証の一、第六号証、第七号証の一、成立に争のない甲第五号証の二、第七号証の二、第九、第一二、第一六、第一七、第二〇号証、乙第一七、第一八、第一九号証、原審における証人水崎庄助の証言および控訴人法定代理人神田謙治、被控訴本人(第二回)に対する各本人尋問の結果、当審における証人高橋平八、沢西ひさ(後記措信しない部分を除く)、国府外喜男、神田謙治、芳賀栄造の各証言および被控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。

タセおよび同居人坂井登は共同して昭和二二年三月三一日付申立書をもつて岩見沢区裁判所に対し、本件建物売買契約を解除し同額代金をもつて坂井登に売り渡すべき旨の調停申立を被控訴人および神田謙治を相手方として申し立て、同調停の席上、神田が登記のため偽造した親族会の同意書が問題となつたため、責任を感じ且つ事態の悪化を虞れた神田は急拠親族会の承認書を作成し、これを携えて内地に親族会員高橋末吉、同平八父子、沢西ひさの三名を歴訪し、事情と心事を開陳して同年四月一七日には高橋父子の、同月一九日には沢西ひさのそれぞれ任意の追認(事後の同意)を得て右承認書に調印を受けた。以上の認定を覆えすべき証拠はない。

右に認定の親族会の追認(事後の同意)は、いわゆる持ち廻り決議であつて、法律上当然無効ではないが、旧民法第九五一条により、その決議後一ケ月内に親族会員その他法定の資格者からその取消の訴を提起すべきものである。しかるに、親族会員その他の法定資格者から右不服の訴が提起された形跡はないから、右追認は有効に確定したものという外はない。成立に争のない乙第一号証、当審における証人高橋平八の証言によつて成立の認められる乙第二号証、成立に争のない乙第一七号証、当審における証人高橋平八、神田謙治の各証言によれば、前記追認後、神田に同行してタセを訪ねた高橋末吉が、タセおよび坂井から本件売買契約に明渡条項があること、同居人に売られず第三者である被控訴人に売られたこと等を取り立てて神田に私慾異心のあることを強調されて、神田の心事を疑い、神田が真実を隠蔽して親族会員を欺き追認させたものとして追認を取り消す旨の書面を神田に郵送し、高野平八もまたこれに同調したことが認められるけれども、持ち廻り決議であることのほか、このようなことを理由として取消の意思表示をしても、前記不服の訴によらない以上、法律上親族会の追認決議を無効ならしめることはできない。

控訴人はまた、右追認は、親族会員の真意に反するものであるから無効であると主張するけれども、仮りに前記調停におけるタセの神田に対する疑念を親族会員において知つたならばにわかに追認は与えなかつたかも知れないが少くとも右追認のときに親族会員が追認の意思なくして追認をしたものと認めるべき証拠はなく、かえつて前認定のとおり任意の追認であつたのであるから、右主張は理由がない。

そうであつてみれば、本件建物等の売買契約は有効であつて、しかも被後見人たる控訴人の利益に反するところはないものというべく、他に後見人と被後見人との利益相反するものと認めるに足る証拠はないのである。されば第一審における後見人神田謙治のなした自白は有効である。しかして、また、後見人神田が本件売買契約を有効に成立したものと信じたことについては何らの錯誤はないこととなる次第であつて、従つて原審における法定代理人としての同人の自白は、真実に反するところはなく且つ錯誤に基くものでもない。されば、当審におけるその自白の取消はゆるされないところといわねばならないから、原審における自白によつて、本件売買契約の成立および所有権移転登記完了、売買代金完済の事実は、当事者に争のないところというべきである。

しかして親族会の追認決議が成立し有効に確定したことも前認定のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、本件売買契約は有効であり本件建物および備付物件、附属造作物一切の所有権は控訴人から被控訴人に移転したものといわねばならない。しかるに控訴人は被控訴人の所有権を否定して抗争するのであるから、控訴人に対し右所有権の存在確認を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は棄却を免れない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石谷三郎 立岡安正 岡成人)

目録

岩見沢市一条西二丁目五番地

家屋番号 一条西第二〇号

一、木造亜鉛鋼板葺二階建店舗一棟

建坪 四四坪

外二階坪 九坪

備付の建具、畳、電燈線、水道二箇、附属造作物一切

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